ラグビーW杯日本代表のキャプテン姫野和樹選手が
イングランド戦に出場する予定とのことです!
姫野選手と言えば、2019年の大会での
ジャッカルが話題になりましたね!
勝負どころで相手チームの反則を誘い
見事日本チームを勝利に導きました!
そんな姫野選手の幼少期はかなり壮絶だったそうです。
今回は姫野選手の生い立ちについてまとめました!
姫野和樹の壮絶すぎる生い立ち!
- 名前 姫野 和樹(ひめの かずき)
- 生年月日 1994年7月27日(29歳)
- 身長 187cm
- 体重 108kg
- 出身 愛知県
- 大学 帝京大学
- 所属 トヨタヴェルブリッツ
- ポジション フランカー
- 経歴 サンウルブズ・ハイランダーズ
- 家族 父・母・姉・妹
姫野選手は、日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれました。
一家は、経済的にかなり貧困であったと
姫野選手は語っています。
その貧困具合は、日々の生活に困窮するほどのようで、
かなり苦しい幼少期を過ごしていたことがわかります。
姫野和樹の幼少期の極貧エピソード5選
家族5人で6畳2間のボロアパートで生活
姫野選手の家は、最寄り駅から徒歩20分のところにある
1970年代築で外階段は赤さびだらけの
かなり古い木造アパートです。
家賃は4万円で、6畳2間の間取りの部屋に
家族5人で暮らしていました。
キッチンとお風呂、トイレはあるものの、
ものがあふれかえっていてゴキブリが出てくる部屋で
姫野選手は暮らしていました。
今の姫野選手からは想像できないくらい
劣悪な住環境だったんですね。
姫野選手の住んでいたエリアは元々裕福なエリアではありませんでしたが、
『自分の家はダントツに貧しかった』と
後に語っています。
お世辞にもキレイとは言えない。ペンキが剥げ落ち赤サビだらけの外階段を上がって、玄関を入ると右手に小さな台所、左手にトイレとお風呂があった。奥には縦に6畳間が2つ。玄関から見ると箱が3つ並んでいるような間取りになっている。夜寝る時は、手前の部屋に子ども3人、奥の部屋に両親が並ぶようにして寝た。
5人暮らしだから、小さな家の中は物が溢れて散らかり放題。僕の大嫌いなゴキブリもめちゃくちゃ出る。僕はその部屋に、高校卒業まで暮らしていた。
https://gendai.media/articles/-/114184?page=2
名古屋市内の下町エリアなので、地元の小学校、中学校の同級生には裕福な家はそれほどなかったけれど、その中でも僕の家は断トツで貧しかった。子ども心に、「ウチは貧乏だ」とわかっていた。
さらには貧乏で汚い家を友だちに見られるのが
恥ずかしい気持ちがあったそうです。
家に友達を呼ぶなんて、一度もした記憶がない。
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そもそも狭くてモノがいっぱいで汚いので、家の中で遊んだりくつろいだりする場所なんてなかったけれど、「ここが姫野んチか」と友達に知られるのすら、恥ずかしくて嫌だった。同級生に家を知られたくなくて、わざわざ遠回りして家に帰ったこともある。
おもちゃやゲームは家にない
貧困な家庭だったため、おもちゃやゲームは
買ってもらえませんでした。
幼少期の姫野選手の遊びは、神社の境内・公園で
野球やサッカーだったそうです。
姫野選手が小学生くらいのころは『ポケモンカード』
『ベイブレード』『遊戯王カード』など
魅力的なゲームがいっぱいあったころですよね。
幼いながらにゲームを我慢して、神社や公園で遊んでいた経験が
今の姫野選手をつくりあげたと思います。
給食費は毎月滞納していた
貧困な家庭のため、給食費はほぼ毎月滞納していたそうです。
今ではお手紙等で未納のお知らせが個別にくるところがほとんどですが、
姫野選手の頃はそうではありませでした。
職員室に呼び出されるか、もしくはクラスメイトの前で
未納であることを発表されていたそうです。
みんなの前で未納と吊し上げられても、
小学生の姫野選手にはどうすることもできないですよね。
この出来事は、一番つらい経験と姫野選手は語っていました。
担任の先生はどのような意図でそのようなことをしたのか理解できないです。
しかし、姫野選手のメンタルはこのつらい体験を
経て強くなったと思いたいですね。
コンビニのおにぎりが夕飯
母親がいつも1,000円だけを置いて、
出かけてしまっていました。
そのお金を持って、コンビニに行きおにぎりを買うのが
姫野選手の楽しみだったそうです。
学校から帰ってくるとテーブルの上にはいつも千円札が置かれていた。「これで夕飯を食べなさい」という意味だ。その千円札を持って近所のコンビニに行き、おにぎりを3つと”唐揚げ棒”を買う、というのが僕のお気に入りのセットだった。
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両親ともに、ギャンブラー
なぜここまで貧困なのかと思いませんか?
父親も仕事はしていたそうですが、
両親ともにギャンブラーだったそうです。
お給料は振込ではなく手渡しだったため、
給料日後は両親揃ってパチンコに行くため不在でした。
生活費はわずか1万円でした。
これでは給食費も払えないでよね。
給料のほとんどをパチンコに使ってしまっていたので
お金がなくなり、お金の事で両親の喧嘩が
絶えなかったそうです。
家に帰れば、両親はお金のことでしょっちゅう夫婦喧嘩をしていた。母はいつも切羽詰まっていて、ちょっとしたことですぐヒステリーを起こした。
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まとめ
今回は、姫野選手の壮絶な生い立ちのエピソードを5選紹介しました。
貧困だった原因は、両親がギャンブラーだったからでしたね。
どのエピソードを見ても姫野選手の我慢強さをものすごく感じます。
厳しい環境の中であっても自分を見失わなかったから
今の姫野選手があるのかなと思いました。
これからの活躍が楽しみです!